米報道「韓国軍ベトナム女性を・・日本より先に謝罪」の真実は?

下記の産経新聞の記事が話題になっています。

 

【エンタメよもやま話】韓国軍が数千人ベトナム女性を強姦し、慰安婦にしていた…米国メディア「日本より先に謝罪すべきだ」 - 産経WEST

 

 

調べてみると米国兵も同じことをしていたようです。

産経記事(米国メディアの内容紹介)を読んでみると韓国軍しか出てきません。

米国メディアは自国の軍の行いを隠したいのかと疑念が起こります。

 

 

以下は「ベトナム戦争ウィキペディアから「虐殺事件」の項目を引用

虐殺事件
ソンミ村虐殺事件
1968年3月16日、南ベトナムに展開するアメリカ陸軍・第23歩兵師団第11軽歩兵旅団・バーカー機動部隊隷下、第20歩兵連隊第1大隊C中隊のウィリアム・カリー中尉率いる第1小隊が、南ベトナムクアンガイ省ソン・ティン県ソンミ村のミライ集落を襲撃し、無抵抗の村民504人を無差別射撃などで虐殺。集落は壊滅状態となった(3人が奇跡的に難を逃れ、2008年現在も生存している。最高齢者は事件当時43歳)。さらにC中隊が何ら抵抗を受けていなかったにもかかわらず、第3歩兵連隊第4大隊が増派され、近隣の村落で虐殺を行った。
詳細は「ソンミ村虐殺事件」を参照
アメリカ軍は解放戦線の非公然戦闘員(ゲリラ)を無力化するため、サーチ・アンド・デストロイ(索敵・殲滅)作戦で、南ベトナム解放民族戦線ゲリラおよびシンパ「容疑者」への虐殺を繰り返した。その過程で多くの民間人に対する残虐行為を行っていた。
韓国軍による虐殺事件[編集]
※経緯や各事件については前述の「サーチアンドデストロイ作戦」節も参照。

大韓民国海兵隊第2海兵師団(en)(青龍部隊)に虐殺されたフォンニ村住民の遺体を収容するアメリカ兵
1993年にベトナムに留学していたク・スジョンは自らの聞き取りをもとに虐殺の被害が少なくとも9000人に及ぶとみる。
詳細は「フォンニィ・フォンニャットの虐殺」および「ゴダイの虐殺」を参照
生存者の韓国軍の行為に関する証言で共通な点は、無差別機銃掃射や大量殺戮、女性に対する強姦殺害、家屋への放火などが挙げられている。1966年2月にはビンディン省タイビン村では韓国軍猛虎部隊が住民68名を集めて婦女子を含む65名を虐殺している
タイビンの元の名前はビンアン(平安という意味)だったが、最終的に10004人が虐殺された事件以後、平安な村という名前は続けられなかったとして、ベトナム戦争が終わって帰ってきた人々は村の名前をタイビン(西側の栄光)に変えた。2015年2月26日、タイビン村で開かれた犠牲者49周年慰霊祭には村の全ての人々が集まった。
詳細は「タイビン村虐殺事件」および「タイヴィン虐殺」を参照
ジャーナリストのD・W・W・コンデは1969年の著書『朝鮮』で「これは、たった一都市に起きた "南京大虐殺"どころの話ではないのだ。これこそ、アメリカの新聞の力ってしても語ることのできない、今日の"ベトナム民族大虐殺"なのである」と評している。


ハンギョレ新聞の報道によると、虐殺事件のあったビンホア村では、今も村の入り口までしか韓国人の出入りを許さず、米軍の被害にあった隣のミライ村では、米国による被害者に対する支援が行われてるが、ビンホア村では韓国の支援がないことからか、「韓国軍にやられるのなら、むしろ米軍にやられた方がましだった」との声があった。
混血児問題
また、韓国人やアメリカ人の兵士とベトナム人女性慰安婦との間に、多数の混血児が生まれ、特に韓国とのハーフは「ライダイハン」と呼ばれ、ハンギョレ21や歴史家の韓洪九らによって、大韓民国ベトナム社会主義共和国で「ベトナム戦争の混血児問題」として、1999年に社会問題となったが、大韓民国政府は公式に認めようとしないどころか、対日歴史問題とすり替えて、これを闇に葬り去ろうとする動きすらあると言われている。
詳細は「ライダイハン#韓国政府の対応」および「アメラジアン#米兵とアジア人女性との子ら」を参照

 

ベトナム戦争 - Wikipedia

 

追記:

米国も韓国も日本のメディアもフリーメーソンイルミナティに牛耳られています。

日韓の軋轢も、互いに争わせ、自分たちだけが利得を得ようという罠です。

ただ在日韓国、

 

朝鮮人が悪を行っているのも事実です。

そもそも、日本は田布施一族という朝鮮人が政権を握っています

以下のブログを見ていただくことをおすすめします。

RAPT | 日本が朝鮮人に支配されているという証拠。「田布施システム」こそが朝鮮人と金融ユダヤによる日本支配の始まり。

 

RAPT | 田布施町出身の安倍晋三と朝鮮人との深いつながり。今でもバブル経済で沸き立つ田布施一族の放蕩ぶり。